イタリアの詐欺師




イタリアのとある駅、夜更けにベンチに座っていた。

すると知的な顔立ちの同年輩の青年〔注:当時!〕がつかつかと寄ってきた。話しをしているとドイツ人でドイツの大学で講師をしており、休暇でイタリアにやってきたとの事である。
容貌はあの【イリア・クリアキン氏】(お若い方は、父上か母上にお尋ね下さい)を彷彿とさせ、言葉は見事なきんぐす・いんぐりしゅである。

暫らく取りとめも無い話しをしていたが、急にクリアキン氏は眉をひそめ深刻な顔で、「お願いがある」という。「実は先ほどうっかりして、カバンを盗まれてしまった。すべてカバンに入れておいたので一銭もなくなってしまって弱っている」 うん、良くある話しである。実は私もやられた。「就いては、金を貸して頂けまいか」との事である。「警察には届けたのか」と聞くと、「届けたがイタリアの警察はあてに出来ない」との事、それから延々と自分の苦境と、自分がいかに正直者であるかを語り始めた。

ここまで来ると流石の私も理解できた、〔この男は詐欺師である〕と。しかし真に迫った実に見事な演技である。私が「領事館に言ってみたらとか、ドイツの身内や友人には連絡をしてみたのか。」と聞くと、「領事館は閉まってしまった、家族に電話する金も無い」とか、ああ言えばこう言う。

私は実に感心した、演技はアカデミー賞、語学は完璧、話術は見事、アッパレ日々の精進の賜物と見た。ここまで努力しないと詐欺師にはなれないのか!私には到底無理である。私もついに根負けして電話代と軽食代として10ドル寄進する事にした。必ず返すからというのを要らないと答えておいた、下手に名刺でも渡して小道具なんぞに使われてはたまったものではない。

やおら我がクリアキン氏は丁重に礼を述べ、静かにその場を立ち去った。